茶褐色の景色が広がるここはどこなのか、石になったように動くことも出来ず、曖昧な記憶を繋ぎあわす。
夕陽が沈みかける。壁に吸い込まれる光の帯は、眩暈を起こさせる。
この時間、目の前の世界は、砂漠の砂のように黄金色に輝やいている。砂漠の砂? 金色の波に揺れる砂漠には行ったことがないのに、なぜこの色を砂漠の砂のようだと思うのだろう。きっと古いフイルムで見た一コマに違いない。深呼吸した途端、呪縛が解けたように身体が弛みはじめる。
綻びた糸。絡んだ糸がようやく一本の状態に戻ろうとしたとき、ざわざわとした不安が、長い影となる。褐色の世界に熱を帯びたままの風が、夜を誘う。
ああ――ここは――。ジブラルタルを渡って降り立ったアフリカ大陸の端。
道理で耳慣れない音が響いてくるわけだ。
視覚も聴覚も嗅覚も、未体験のこの状況にフル稼働をはじめたが、視覚以外の感覚が拒否反応を示す。
潮の香りをかき消す、砂とスパイスと煙草、そして吐き気を呼ぶ薬の臭い。
雑音にしか聞こえない声、不思議な波動を持った音の羅列は思考を麻痺させる。不快でしかない臭いと遮断された意識の中で、視覚だけは働きをやめようとはしない。何重にも重なった影の色や形を、手招きするしなやかな腕を、その動きを追いかける。
風が運んだ夜は、不思議と深くならず、誘われるままに迷いこんだここはバザール。
目に眩しく妖しい色のたくさんの布が、急ぐ足先に絡み、太陽と砂で深い皴が刻み込まれた男たちの視線は、開始の合図を待つ狩人のように、闇色の瞳孔から強い意志を放つ。
捕まれた腕を振りきり、幾重にもなる絹の河の上流を目指す。
あの腕。あの男を探しださなくては。本能がそう告げる。
滑りの良い冷たく感じるそれらの中から、わたしはここにいる、わたしの手を取るように、そう叫ぶ声。
追いかけて、伸びてくる手を振り払って、追いかけて追いかけて、差し出された腕。どの腕が、どの声が、どの影に従うべきなのか。
その指先に触れたとき、鮮やかな世界は色を、痺れた足先から重力を、そして、そして……。