Home--novela---紫鏡の刻印


 乾いた、埃っぽい匂いのなかで、誰かがすすり泣いている。
 誰? 誰が泣いているの? 一人ではない。数人の、この地ではじめて聞く、女の声たち。
 不自然な姿勢で倒れていたせいか、あちこちが痛い。身体を起し、天窓から覗く幽かな月明かりをたよりに、様子を窺う。
 この環境に目が慣れてきたとき、自分や、すすり泣く声の主たちが、何も身に着けていないことを知った。

 どうして泣いているの?
 ここはどこなの?

 大声で叫んでいるはずなのに、声がでない。喉がおかしい。
 まわりで膝を抱えながら泣いている女たち。泣き疲れて眠っているものもいる。
 入り口から一番遠いところにうずくまって眠っているのは、まだ少女だ。姉妹だろうか? 二人で隅っこで手を握りあって眠っている。
 不衛生な部屋の端から煙が流れてくる。香が焚かれているのだろうか? 甘ったるく粉っぽい、安物の匂い。
 ここまできてやっと、自分の置かれている状況を把握した。

 肌の色も、髪の色も違う女たちが、ここには六人も閉じこめられている。
 それも、何も身につけず、声を奪われ、手足の拘束こそないが、全員が捕らわれ人だ。
 人身売買――疑う余地はどこにもなかった。

 しばらくすると、数人の男たちが、この小牢に入ってきた。そして、ぼそぼそ話をしている。商談だろうか?

 その端の金髪、いくらだね?
 彼女は、7と半。
 えらく、高いじゃないか?
 瞳をご覧よ、翡翠だ。

 じゃあ、あの黒いのは?
 ああ、あれかい? あれは4と7だ。
 背と体重は? 歳は?
 172の57。17だ。
 嘘はないね?
 ああ、嘘はないよ。

 あの大きいのは?
 あれは、3と半。
 国は?
 豪州だ。
 歳は?
 これによると、21だ。

 売人らしき小男は、手に持った紙切れを見ながら、てきぱきと質問に答えていく。
 なぜ、音の羅列としか聞こえない男たちのこのやり取りが理解できるのだろう?

 あの黄色いのは?
 あれかい? 普段なら5だ。
 肌が白く、尻が大きい。髪の毛が長ければ、言うことなかったのに。
 まあね、でもあれは、売らないよ。
 なぜだい?
 ちょっと訳ありでね。

 4と7と、3と半の二人は、諦めた表情だ。翡翠の彼女は、ううっと、くぐもった嗚咽を洩らす。訳ありといわれたその商品である自分。栗毛の小さな少女たちも、同じように、近いうちに売られていくのだ。きっと。

 その日はいつのまにかやって来た。時間を計る術がないので定かではないが、多分、七日後だと思う。
 二人の姉妹は12で白い肌の男に、翡翠の彼女は7と3で黄色い肌の小太りの男に買われていった。

 そして、訳ありの商品であるわたしが残った。


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