香から一番離れたところで休んでいると、小男の大きな声が聞こえてきた。小男は脚が悪いのか、右足だけを床に擦るように歩く。耳触りな音とともに、滑るような足取りで大きな男が現れた。姿勢の良い美しい男だ。マントのような大きな布から、差し出された手を、何の躊躇もなくつかんだ。
知っている。この腕は、この腕が、追いかけていた、探していたあの手だ。
男は、身に付けていた布を訳ありと言われた商品であるわたしに、ぐるりと巻き付けた。まるで紫水晶で織られたような絹布だった。そして、わたしの左手をしっかり握りしめた。
これは、わたしのものだ。連れて帰るぞ、ハジャム。
あの小男は、どうやらハジャムという名前らしい。
ハジャムは、わたしの手を握るこの美しい男に、卑しい笑みを浮かべた。
わたしのもの? これは、わたしが見つけた商品で、貴男のものという証拠はどこにもないのでは?
ハジャムはこう続ける。
今、ちょうどこれと同じ商品を探している男がいて、彼に手付けを打ってもらった。あなたに、売るわけにはいかない。
売るだと? ハジャム、調子に乗るのもいい加減にしたほうが身のためだぞ?
長身の男は、脳に直接響くような、深く、静かで、それでいて凄みのある声をハジャムに放った。
脅しは通用しませんよ? いっ、いくらアシッド様とは言え、これにはもうわたしの香がついているんだ。
アシッドはまっすぐにハジャムを見据え、こう言った。
いくらだ? いくら出せば、これをわたしに譲るのだ?
ハジャムは、ニヤリと蛇のよな狡猾な眼をアシッドに向けた。
200!
200? 200? 普通なら5の商品であるわたしが200?
200! 200と、それと、ガッシュを一晩お借りしたい。
ハジャムは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
300払おう、これとガッシュ一晩が300とは、ハジャム、良い商売だな!
アシッドは、ハジャムの卑しく歪んだ顔に孔雀石の眼で一瞥をやると、わたしを抱きかかえるようにして小牢を後にした。
小牢を出て、細長い廊下から外に出た途端、わたしは胃液が逆流してくるのを感じた。そして息ができなくなった。それを見たアシッドは、自身の頭に巻かれた細長い布でわたしの口を押さえながら、走った。
しまった。ハジャムの香か…?
アシッドの声は、わたしの記憶は、そこで途切れた。
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