雨は容赦なく降り続ける。
対向車のヘッドライト、赤や緑の信号の反射。それらの滲んだ光が映し出される、黒のアスファルトが好きだ。昼間見るそれとは違う景色。
完ぺきでない黒。弱さを見せるその微妙な色から、不思議な安心感を得ることができる。
黒ほど弱い色はない。かつて愛した男が、そのように言ったのを思い出す。純粋なる黒は、すぐ侵食され、それは黒とは呼べなくなると…。
なるほど。その時は感心しながらそう思った。
純粋なる黒。この道の先に、見つけることはできるだろうか。
そんな路面を眺めながら、ぼんやりと走っていると、違和感がわたしを襲った。後続車はなかったので、わたしは路肩に停止し、その違和感の主を探しに向かう。
雨は、じっとりとした汗に変貌し、わたしに降り注いでいる。
そこには、猫のような、いや、イタチだろうか。わたしの車にはねられ轢かれた肉塊が、鮮血が、黒のアスファルトに弾けて輝いていた。
「死」は、とても観念的で魅惑的な響きを持つ。時に誘惑され、それの指先に触れたこともある。しかし、途端にそれは物理的な苦痛を伴い、痛みに耐えられないわたしは拒否せざる得ない。
わたしは、生在る存在から吐きだされた最後の吐息を、未だ知らない。即物的な「死」を知らない。だから、「死」は常に観念的だ。
葬儀に足を運んだのも数えるほどしかない。
どれだけ苦痛を伴ったであろう最後も、棺の中の顔は、穏やかで優しい。
そのような人の「死」に向き合っても、わたしには、何の感動も生まれない。キィーボードを叩くように、マウスを動かすように、単純な仕事をこなすように、無表情で儀式を終える。
大切な人を失ったときも、わたしは冷静だった、と思う。
ちゃんと食事を摂ることができた。どんなときでも、人ってお腹が空くんだなあと、ぼんやりと思った。
ただ、心がやはり綻びていたようで、声にならない悲鳴が、身体の自由を奪い、わたしは愛する人の、最後の顔を見ることができないまま、時は過ぎていった。
現実を直視しないまま、曖昧な記憶をなぞり、作り笑いが張り付いた口元で、誰にも愛されることなく、誰も愛することなく――いや、彬だけを愛して――右と左の足を交互に動かし、季節が巡るのを、ただただ祈っていた。
観念的で魅惑的な「死」がわたしを受け入れてくれるまで。
錆びつき汚れたこのどす黒い血の中から、最後の一滴の膿が吐きだされる日まで。
やがて、この雨は、鮮やかな赤を洗い流し、いつもと同じ乾いた黒へと戻っていく……。