
ガイドに連れられて、大きなスーツケースを押しながら歩いて来た三人の女性の登場で、SISツアー客全てがそろった。軽く会釈をした女性が一人だけいたが、あとの二人は自分たちのお喋りに夢中であった。
ガイドのパドマが先頭を歩き、美奈子を含むツアー客5名はぞろぞろとそれに続く。 大きなスーツケースが積み込まれ、やっとホテルに向かっての出発となった。
車の中で、パドマは自己紹介と、彼のツアー会社のオプショナル・ツアーの案内をてきぱきとこなし、 いくつかのお土産を手渡した。
「これは、ここで作られたサローンと、バリの調味料ね、知ってますか?」
「知ってまーす」
後ろのシートに座っている3人組がそれに元気に答える。
「これは、田中さんと、山下さんと、岸さんの分です。遠藤さん、渡してください」 この3名は二十歳ぐらいだろうか。フライトの疲れを一切見せず、元気に喋り続けている。 よくよく話を聞いてみると、3人の女性達は、短大生で、就職活動の前の息抜きにここバリを選び、 その滞在日数は10日程ということだった。
美奈子の横に座っている彼、そう岡本と名乗ったこの彼は、静かに車窓から緑が目に刺すこの 街を見ている。彼はかつてバリに2度ほど訪れた経験があるそうだ。
美奈子もかつて、学生の頃、ここバリ島に、5日ほど訪れたことがあり、今回は2度目の滞在となる。が、前回の時と多分に面持ちが違うのは仕方ない。4年前は友人達とのグループ旅行で、今回は一人旅なのだ。4年という月日は、人を変え、街を変え、便利さとひきかえに失われていった大切な ものの断片を、彼女の目の前に横たえる。
美由紀や麻由美、隆、一哉、そして多聞と訪れた時のままのようなバリ島。しかし、ここはもうそうではない。数々のコンビニエンス・ストアー。インターネットカフェ。以前はあまり見ることのなかった物乞たち。日本と違いゆっくりとした時間が流れているはずのバリも、めまぐるしく変貌しつづけているのだ。
*
見慣れた角を曲がると、そこはクタ・レギャン通りである。
そこから車ですぐのコテージがこのツアー客の宿となる。ここはバリのメインストリートに面しており、騒々しいと思われがちだが、奥にコテージが並んだ造りで、十分静かで快適である。毎年バリを訪れている 友人からの大推薦を受け、美奈子はこのコテージに決めたのだった。
ビーチまでは10分近く歩くが、目の前はマタハリデパートがあり、日常品や食糧をそろえるのに大変便利で、オーナーが日本人というこのコテージのサーヴィスは、素泊まりプラスアルファとしては、かなりよろしいと聞いていた。
「では、帰りの旅券を預かります」
ガイドのパドマはそう言い、ツアー客の旅券を預かり、翌日市内観光ツアーに参加するという 3人組の彼女達に確認事項を伝え、何か遭ったらここに連絡してくださいと、名刺を配り帰って言った。
3人の女性達は、レセプションで鍵を受け取り、ごろごろと大きなスーツケースを押しながら、 自分たちの部屋へと向かっていった。
美奈子は自分のルーム・ナンバーを見て、即座に部屋を変えてくれるように申し出た。 友人からの情報では、部屋にかなり当たり外れがあるらしく、ハズレを引いた場合は、美奈子のように 神経質な人間の場合、なかなか眠れないであろうと、友人が事細かく部屋のことまで指示をくれていたのだ。
「なかなか通だね」
その様子を窺っていた岡本がそう彼女に告げた。美奈子は、友人からの受け売りであることを彼に話した。
新しい鍵を受け取って、プールのすぐ前の角部屋一階が彼女の部屋となり、岡本はその一棟隣の同じく角部屋だ。 彼がその部屋に宿泊するのは、二回目ということだった。
「シャワーでも浴びたら、夕食一緒に摂りませんか?一人の食事って味気ないでしょ」
「ありがとう。じゃあ、ご一緒させてください」
「えっと、じゃあ7時にレセプション前で」
彼はそう言うと、静かに美奈子の横を通りすぎた。 少し強引なこの男の申し出に、不思議と美奈子は嫌悪感や違和感は持たなかった。 とても自然な彼の物腰は、まるで多聞と話しているかのような錯覚を彼女に与える。 その錯覚は、美奈子の心に爪痕をたてる。
大きな椰の木が大きく揺れた気がした。美奈子は、部屋に入り、簡単に収納を済ませ、 少し熱めのシャワーを浴びる。短く綺麗に揃った髪の毛は、以前のように彼女の顔に 張り付くこともない。額にかかった髪をかき上げ、あの手入れの面倒だったお気に入りの 茶色く長い髪に思いを馳せる。
「考えちゃ駄目」
美奈子はそう言うと頭をぷるぷると振り、今度は冷水を浴び、化粧水と免税店で買っていたブルガリで身支度を 終えた。出かけるのに調度よい時間になっていた。
■<<