
飽きることなく、ただ走り続けるそのクラスメイト。そして、その彼の姿を飽きることなく見つめる真理子。
男になりきっていない、細い体躯。長い手足。西日に煌めくその青い果実。真理子が手にしたいと望むもの全てがそこには存在していた。
夕暮れにはまだ早い美術室で、真理子は彼だけを見つめていた。
その背後に、そんな彼女を興味深く見つめている、矢崎の存在には気付きもしない。 矢崎は、この学校の卒業生だ。今現在、非常勤で美術の講師をしている。
準備室で珈琲を淹れる。この時間のエスプレッソは格別にうまい。彼はそう感じる。その芳しい香りに誘われたのか、真理子が準備室を覗いたとき、矢崎はデミタスに バーボンを落とし入れていた。
「仕事中に飲酒はまずくない?」
「もう就労時間は終わりました」
「あら、脅して珈琲ご馳走になろうと思ったのに」
真理子は矢崎の席に、ふわりと腰を下ろした。そしてじっと矢崎の顔を見つめる。
「何?」
「ご馳走していただけませんか?その珈琲」
大人びた顔とその仕草。しかし媚は感じられない。そんな真理子のことを、矢崎は気に入っていた。
矢崎はもうひとつのカップに珈琲を注ぎ、お茶缶に入った砂糖とともに、真理子に手渡す。彼女は、そのカップだけを手に取り、その香りを十分に楽しみながらそれを飲干した。
「センセ、珈琲淹れるのうまいね」
満足げに彼女は彼にそう言った。
「まあな、数少ない特技とするところだ」
矢崎はそう言い、カップに一口残ったそれを飲んだ。珈琲とバーボンの香りが絶妙だ。
「ねえ、先生。いつも、あたしのこと見てるでしょ?」
「ああん?」
「あたしが、岡のこと見てる間ずっと、先生、あたしのこと見てるじゃない?」
「……。ああ、見てるよ。気付いてたんだ」
「そこに、ね?いやらしさが感じられないから、あたし先生のこと好きよ」
「……。お前は何で」
「何で?」
「いや、いいや」
「何で、岡を見ているのか、岡に気があるのか?」
「……。まあな、そういうことだ」
矢崎は煙草に火をつけながら、そう答えた。
真理子は立ち上がり、強い西日がすき間から覗くブラインドを握りしめた。その瞳は岡を探していたのかもしれない。
「気がある?そんな程度のもんじゃないよ」
振り向き、話を続ける真理子の瞳に、僅かばかりの光が生まれた。
「あたし、岡が欲しいの。彼を食べたいの……」