Home--novela---蘇芳色の片翼----vol.2



 近ごろの女子高生は言うことが違うねえ。そう思いながら、矢崎は静かに 煙を吐いた。
「で?」
「で?だから、それを決行しようと思ってるの」
「……」
「ねえ、先生。あの吸血伝説、ほらなんだっけ?処女の血を欲し続けたあの女、いたじゃない? あれって、あながち嘘じゃないよね。だって、老化してない新鮮な血を入れることによって、永遠の命を、美貌を得ることがができる、そう思って実行したわけでしょ?間違ってないよね?その考えって、さっ!汚れた自分の血を入れ替えることによって、新たな美しい自分になる。わかるなあ…」

 こいつ、何言ってるんだ?矢崎はそう思い怪訝な表情を真理子に見せた。
「あたし、頭くるくるじゃないよ。知らないかもしれないけど、成績は優秀」
「オッケー。続けて」
続けて、とは言ったものに、矢崎は真理子の発する言葉の意味を計りかねていた。子供にからかわれているだけか、そう思いたかったが、真理子の言葉からは、矢崎をからかっている 色は見えない。
「あたし、岡になりたいの。岡を食べて、その汚れ無き鮮やかな血を細胞の隅々まで行き渡らして、 岡とひとつになる…。わたしが岡になるの」

 矢崎は、真理子が岡を食べたい、そう言ったとき、ただ単に彼女が発情しているだけと、そう思っていた。 恋している、愛している、どんな言葉を連ねようと、その感情は、人間が他の生き物より高等生物として存在したいがために、オブラートで優しく包んだ発情の種に過ぎない。

「汚れ無き鮮やかな血だとぉ?そんなわきゃないだろ」
矢崎は鼻で笑った。
「岡はもう適当に汚れているさ」
「何言うの?そんなわけないじゃない!」
「あのルックスで、女知らない訳じゃないだろう?きょうびの高校生が。お前だってどうだか分ったもんじゃないだろ」
「先生、おかしいよ。地球上の男全てが先生みたいにな訳じゃないんだからね!それにあたしは、あたしはバージンだから!」
「そんなの分らないだろ?証明なんてできやしないんだし。それにな、己の種をいかに多く残していくかという本能をインプットされた男がすけべじゃないはずないんだよ」

 そんなの、駄目だよ…。消え入りそうな声で真理子は呟いた。

 あんなふうになりたい、こんなふうになりたかった。そういう感情や憧れは、全ての人間に存在する感情だ。矢崎にしろ、もう少し背が高かったらとか、俳優の誰それみたいなルックスだったら人生違うよなとか、もちろん考えたことはある。自分に完ぺきに満足することのできる人間など皆無に等しい。

 真理子の言う「わたしが岡になる」、その言葉の意味は、それらとはかなりかけ離れたところに存在しているように感じる。そう、断定され確信している彼女のその言葉。しかし、誰か別の人間に取って代わることは不可能であるし、誰かと一つとなる、溶けて混ざるというような、そんな感情も錯覚に過ぎない。しかし、その錯覚を求めずにはいられないのが愚かな人間なのだ。

「岡は、岡は汚れてなんかいない!少なくとも、ああやって走っているときの岡は…」
真理子はそう言葉を残し、日の落ちた準備室から静かに出ていった。


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