今の時代に生まれてきて良かったわねと、この年上の女は嬉しそうにボクに話しかける。ボクは、従順にこの女の腕に抱かれながら、本当にそうだろうかと思う。
彼女曰く、世間は不景気だ、不景気だと騒いでいるけれど、わたしや貴男には全く関係ないことだし、夫であるダーリンとは経済的にも、精神的にも、夜の生活にも大満足。その上、ボクのようなすべすべもち肌の年下の男の子との愛の交換。
誰から見ても彼女は幸せで満たされている。
確かに、彼女はその容姿も振る舞いも美しく、そんな彼女から惜しみない愛を注がれるボクは、まあまあ幸せかもしれない。
唯一のライバル、彼女のダーリンにすら、ボクは敬愛の念を抱いているし、今の段階では、彼に喧嘩をふっかけるわけにもいかない。まあ、ここまで歳が離れていると、何を言っても仕方がないというか、ねっ。
彼女と彼が並んで歩いている様は、本当にすばらしいし、二人がお互いを慈しみ尊重しあっている姿は、理想と言って過言ではない。事実二人は完ぺきだ。
そんな完ぺきな二人を見ていると、ボクは、彼女の元を離れたあとに出会うであろうマイ・ベター・ハーフを想像するのだけれど、今はまだ上手くいかない。ここは居心地が良いし、何より、彼女以上に素晴らしい女性に出会ったことはないからね。
ねえ、ハニー。貴男みたいなキュートな男の子はどんな女の子とお付き合いするのかしら? わたしが、ぐうの音もでないような、素敵な女の子なら、貴男を手放してあげるわよ、マイ・シュガー。
わたしもまだまだイケてる方だと思っていたけど、やっぱり、今の若い子にはかなわないわね。みんな頭は小さいし、スタイルは良いし、まあ気品という部分では彼女達には負けないけど、誰を見ても可愛いじゃない。
ああ、ハニー。まだまだ貴男を手放すわけにいかないわ。もっと、もっと自分を磨いて、余所見なんてさせないわよ。
彼女はそんな可愛いことをボクに囁きながらキスをするのが大好きで、頬や首筋、胸元。ナントお尻にまで、その紅く熟れた唇をボクに這わす。その感触が少しこそばゆくて、気持ち良くて。
フランス製の石鹸の香にはちょっと困惑気味だけど、入浴後、必ず身にまとう香は秀逸だし量も絶妙で、ボクはいつもこの香だけでノック・ダウンなわけ。
そんな彼女と連れ立って、電車に乗ってお出かけ。いつもは車なんだけど、たまには電車なんてのも良いかもね。そう言いながら、彼女はてきぱきと支度を整えた。
そうして出かけた街は、いわゆる聖ヴァレンタイン・デーと言う日が近いらしく、沢山のチョコレートと、それを抱えた女の子達で埋まっている。
ボクはこんな習慣のあるところで生きてこなかったので、この制度には少しびっくりなのだけど、彼女は、ハニー、貴男も抱えきれないほどの上等のチョコレートを貰えるわよ、と嬉しそうに話しながら、うーーーーん♪ ずっとこうしていたーいと、ボクの頬にキスをする。ボクは人目があるから、少し恥ずかしいのだけれど、彼女は気にもしやしない。そんなボクたちを通りの女の子達が、きゃあ、ステキー! とか言っている。センス良くまとまったファッションは、嫌みがなく上品なペアルック。素敵な大人の女とカワイイ男の子。そうさ、ボクたちは素敵なカップルだもの。人の目に晒されるのは仕方のないこと。これも運命だよね。
そんなボクたちが、買い物を終えて静かに電車に揺られていると、途中から乗り合わせた女子高校生という部類にカテゴライズされているらしい女の子三人組が、どかどかと乗ってきて、我先にとボクたちの目の前の三人掛けに陣取った。
ボクは彼女が言ったことを反芻していた。
---やっぱり、今の若い子にはかなわないわね。みんな頭は小さいし、スタイルは良いし、まあ気品という部分では彼女達には負けないけど、誰を見ても可愛いじゃない---
ボクは、今まで彼女の言葉に嘘があったのを知らない。今日という日、ボクは初めて賢明な彼女にも計り知れないコトがあるのだと知ってしまった。
ボクは、ボクを抱きしめたままうとうと微睡む彼女を見つめながら思った。君以上の女性にボクはきっと巡り合うことなんてできやしないと。
目の前の女子高生どもは、聖ヴァレンタイン・デーにいくつチョコレートを配るかなんて、嬉々として話しているけれど、その姿に可憐さなんて全く見えない。
若さの象徴と言えるぶつぶつが山ほど乗った左の顔は、てかてかとして、ハエが付きそうだし、クッキーを作るって言っている右端の女の子の爪はまるで凶器だ。痛みきった髪の毛をくるくると指でもてあそびながら、トリュフと生チョコとどっちが良い? なんて聞いている真ん中の子の靴は、砂埃にまみれて黒がベージュになっているし、そろいも揃って、電車に乗った途端、チョコレートをもりもり食べだす上に、股間がゆるいときてる…。
なんでなんだろう。全く魅力のない脚をさらけだし、その上、締まりも悪くだらっ〜って脚おっぴろげて。
わたしの心には鍵がかかっています。あなたにしか、開けることはできませんって、そう告白しちゃおー! きゃー♪ なんて言いながら、誰にでも開脚してそうなんだけど…。うげぇーーー。
うっ、一人と目があった。やばい。ボクの心が読まれてしまった?
「なになに〜カワイイ〜♪」
「どうしたんでちゅか〜? チョコ欲しいでちゅか〜?」
「長っーーーー! 何? このまつ毛? 15年後にお目にカカリターイ〜!」
ボクは恐怖のあまり、みんなが薔薇色だと言う小さな唇が小刻みに震えるのを感じた。脅えた瞳は涙で潤んで、長い長いと言われる綺麗にカーブしたまつ毛は濡れていたかもしれない。そこがさらに愛らしいとこなんだけど、こんなときにそんな力は発揮したくないーーー!
「はーい、ボク、おねえちゃんたちがチョコあげまちゅよー」
「お礼は15年後でいいでちゅよー」
「いやーん、食べたいぐらいカワイイーーー」
あまりの恐怖にボクは雄叫びをあげそうになった。横で微睡んでいるボクの美しい人を起こすつもりなど毛頭なかったけれど、このままでは、ボクは、ボクは、この女子高生とカテゴライズされる魔物たちに噛みつかれるかもしれないのだ。
「神サマヘルプーーーーー!」
そのボクの声に、彼女は目を覚ました。目の前にいる魔物たちに石にされたらどうしよう。ああ、マンマ・ミーア!!
ボクは魔物たちがばぐばぐ食べ続けた安っぽいチョコを口に突っ込まれる寸前に、彼女に救われた。安堵のためか、彼女の顔が曇って見えない。魔物の顔が見えないのはこれ幸いだけど。
彼女は、普段ボクと交わす美しい音を奏でながら、魔物に何か言っているようだ。世間ではそれをフランス語と呼ぶらしいが、この魔物たちにはきっと魔法の呪文のように聞こえたに違いない。彼女はにこにこしながら、魔物たちにこう話している。
ちょっと、そんな綺麗ではない手で、マイ・ベイビーに触らないでくださらないかしら。御親切でしてくれているつもりでも、時に犯罪になることもあるのよ。御存知? そんな御親切は、結構よ。
魔物たちは、美神の聖なる呪文にあわあわしながら、いやあ、カワイイ赤ちゃんですね〜なんて本当のことを言いながら椅子に戻り、ヴァレンタイン・デーの話に戻っていった。もちろん、脚はおっぴろげー! である。
彼女は、ボクを抱きしめ、柔らかい耳たぶに唇を寄せながら囁く。
ダーリン、あんな誰にでも簡単に脚を開くような女に捕まったら駄目よ。ママは許しませんからね!
見た目は、パパとママの子供だから、まず問題ないけれど、それ以外のことは ダーリン、貴男次第よ。勉強することは山ほどあるわ。貴男が望むありとあらゆることに協力は惜しまない!だから、良い男になるのよ。あなたのママを射止めた、パパのように、ね。どんなに素敵な男でも、油断してたら、ノウタリンになっちゃうわよ。
ああ、ハニー。神サマって本当にいるの?
ボクは今、自分の立場を呪うよ。見た目は子供だけど頭の中では貴女を愛して止まない立派な男のに。なのに、なのにーーーー!
ボクは彼女が、この場でこの耳を甘噛みしてくれるのを望むほどの、ちょっとエッチでキュートなオトコなのに…。
2003.02.13
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