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い花摘んで あの人にあげよ
  あの人の胸に この花さしてあげよ
    
い花 い花 あの人の胸に
      咲いて揺れるだろう お月さんのように



 彼は、自分のことを話だした。最初は小さなさざ波が寄せるように。そして、波際に造られた砂の城が飲込まれるように。やがて、せき止められ行き場をなくしていた水が、出口を得たように。
 傷をおったあたしと彼の距離がぴたりと近づくために、月は3回ほど瞬きを要した。


 わたしのような雄の種を残そうとするような雌はいない。

 どうして? あなたはこんなに美しいのに。粉雪のようにふわふわ光るその体躯も、汚れを知らない高貴な瞳も、そして、その癒しにも似た響きを放つその感動的な声も、どこを見ても、あなたほど素晴らしい雄をあたしは見たことがありません。

 ありがとう。君はとても優しいね。そして、何も知らない。あっ、これは、君を馬鹿にしてるわけじゃなく、そうだな。若すぎるがゆえ、君は、わたしたちのことをまだ学んでいないんだ。
 わたしはね、美しくもなく、強くもなく、誰にも必要とされていない存在……。
 時として、人型が、このわたしの姿に興味を抱くことはあっても、それは所詮愛玩動物として、であり、この風変わりで異端な器を珍重しているだけ。

 待って? 沢山の綺麗なお姉さんたちが、何度も何度もあなたに声をかけてたでしょう? それを冷たくあしらっていたのは、あなたでしょう?

 違うさ。彼女たちは、わたしの姿を見て、この瞳を見て、何も言わずに去っていくのさ。
 なぜなら、わたしは、淘汰される存在。負の象徴。片端者だから…。

 どうしてそんなこと言うの? あなたを見ているだけであたしはこんなに満たされるのに。

 それが事実だから。
 人型を除き、ほぼ100%の生き物は、遺伝子に組み込まれた、細胞に浸透した種の保存の法則により性を交わす。
 雌はより優れた種を残すために雄を選び、雄は、自分の種を少しでも多く残すために、種をばらまこうとする。種が芽を吹くかは、別問題だけれど、ね。
 快楽というものを求めて交尾する人型と違い、わたしたちのそれは、種の保存のためだけにあり、だからこそ、雌は弱者を、汚れた血を、己に受け入れることなどないんだ。

 あなたは、辛くないの? あなたの中の雄が叫ぶことはないの? あたしじゃだめですか? あたしは、あたしの中の性(おんな)が、あなたを喰べたいほど、欲しているのです!

 いくらわたしが弱き者で、間引かれる血の存在であっても、やはりわたしも雄だ。わたしの名前を呼ぶものもなく、欲するものもなければ、哀しくて、運命というものを呪ってしまうし、自分の血がざわざわと蠢く瞬間も、哀しいかな、感じているよ。
 でも、だからこそ、もうこんな淋しい器を、禍々しき汚れた血の存在を、この地に残してはいけないんだ。どれだけ、わたしの中の雄が叫ぼうと、暴れようと、わたしは、わたしの種を残すわけにはいかない。

 あたしは、あたしは、生まれて初めて、あなたという雄を欲しました。あたしは、こんなに醜いからそんなこと望んだら駄目なのに、あなたとお話したい。触れたい。自分の中の雌の血が、あなたの血を欲して叫んでいます! あなたは、綺麗です。誰よりも。あたしが今まで見たどんな雄より高貴で、優しくて。だって、こんなあたしに、声をかけてくれるんだもの。こんな痩せっぽっちで、闇に溶ける身体のあたしの横で、あたしのこの痛んだ脚を舐めてくれるんだもの。

 わたしのこの右目は、君の姿を映していないし、この右耳は、君の声をほとんど拾うことはできない。この、左目、左耳も、もうすぐそうなるだろう。そうなる前に、わたしが、まだわたしとして存在できるうちに、君と話をすることが出来てよかった。ありがとう……………。

 その神秘的までに優しくて哀しい彼の瞳に不安を感じたあたしが、彼のしっぽに口付けるより早く、彼は銀毛をふわりとさせて走り出し、金色に輝く星の光に吸い込まれていった。
 夜を切り裂かんばかりの、あたしの叫びは彼に届かず、彼は夜空に輝く紅い星を反射して、弾けて煌めく。

 闇色の車から飛び出した人型は、朱色に染まる彼に一瞥を与えただけで、自分の車に目をやり、傷がないか確認した後、何事もなかったかのように走り出した。鈍い灰色の煙とともに。




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