赤い花揺れる あの娘(こ)の髪に
やさしい人の 微笑みに揺れる
白い花揺れる あの人の胸に
愛(いと)しい人の 口づけに揺れる
口づけに揺れる
冴えた青い銀色の毛並みを、鮮やかな赤が侵食し、飛び出したそれは、聖なる血の赤で満ちている。汚れた滲みはどこにも見当たらず、闇色の彼女は、その純粋なる赤にだんだんと犯されていく。
肉塊となった、麗しの彼の首をくわえ、いつも彼が月を眺めていた川べりに運ぶ。
彼の血の赤は、柔らかく甘美で、彼女は彼と交わるという欲望を抑えることはできない。
彼女は、声を上げることなく、静かに泣き続けた。祈り続けた。
――もう一度、どこか違う世界で彼と逢えたときには、どうか、かみさま。あたしと彼を恋人にして下さい。あたしと彼を交わらして下さい――
彼の哀しい言葉と彼女の欲望が、祈りが、月の光と紅色の星の間で交差した。
漆黒の彼女の体毛が、錆色に変わるまで、彼女はそこに穴を掘り、陽の光が闇を切り開くまえに、彼女は彼の亡き骸をそこに埋めた。
そこには、彼と同じ色に染まった、美しい赤が静かに、花開こうとしていた。
そして、疲れ果てた彼女は、彼のそばで眠りに落ちていく。それはまるで、闇に溶けゆく純粋な黒。彼女の祈りが優しく弾けた瞬間だったのかもしれない……。
赤い花摘んで あの人にあげよ
あの人の髪に この花さしてあげよ
赤い花 赤い花 あの人の髪に
咲いて揺れるだろう お日様のように
白い花摘んで あの人にあげよ
あの人の胸に この花さしてあげよ
白い花 白い花 あの人の胸に
咲いて揺れるだろう お月さんのように
赤い花揺れる あの娘(こ)の髪に
やさしい人の 微笑みに揺れる
白い花揺れる あの人の胸に
愛(いと)しい人の 口づけに揺れる
口づけに揺れる
「あっ、おかあさん!こんなところにあかいおはながさいている」
「あら、本当だわ。もうこの花の季節なのね」
「なんていうなまえのはななの?」
「これ? この花はね、曼珠沙華って言うのよ」
「まんじゅしゃげ?」
「そう、曼珠沙華。彼岸花とも言うわね」
犬の散歩中の親子の影は長く伸び、振り向いた子供の笑顔は紅く染まっている。
「あっ! みて! あっちに、しろいおはなもさいてるよ」
そう言いながら、子犬と共に駆け出した男の子は、鮮血のように紅く染まった花びらの横に、控えめに存在する白い花を手折ろうとした。
「だめよ! お花を取ったらだめ」
母親の声に男の子の顔は、少し翳り、少し寂しげにこう答える。
「おかあさんにあげたかったのに…」
母親は、泣きそうになっている我が子に駆け寄り、しゃがみ込む。
そして、我が子に目線を合わせながら、優しい声をかけるのだった。
「ありがとう。でもね、見てちょうだい。赤い花も白い花も、風に揺れて、陽を浴びて、ここにいることが幸せなのよ」
「しあわせ?」
「そうよ、お花は土から離れたら、あとは枯れていくだけなの。このお花たちは、野の花だから、ここで咲いているのが一番綺麗なのよ、ねっ? わかるでしょう?」
「うん、わかる。ぼくもおうちからつれていかれたらかなしいもの」
ふたつの花に見守られるように、二人と一匹の影は、どこまでも続いた。雄黄から朱色に染まった空は、ふたつの花を、家路に急ぐ鳥を、水面にはじける小魚までも、いつのまにか緋色に染め上る。
濡烏が羽を広げたような、夜の帳が降りた頃、朱に染まった曼珠沙華と、鉛白の曼珠沙華のしっぽが、地中深くで交わるべく動き始めたのは、紅い星と銀色の月のいたずらかもしれない。
<<<
![]()
Copyright2000〜,Cisne All right reserved. E-mail : cisne129@luz-y-sombra.com