わたしは昔から頭痛持ちなのだけど、この頭痛というのはその症状が他人に通じないので、とても厄介な代物だ。とても元気そうに見えても、それは突然やって来る。
それだけ自己主張するなら、わたしにだけでなく、他者の目の触れるところで、きりきり痛くなって欲しいと思う。
深夜、いきなり、キリを頭蓋骨に差し込まれたような痛み。後頭部がぐわんぐわんと大きく揺れているような痛みに、一人で耐えるのは辛い。そばに誰かいたところで、痛みが和らぐわけではないのだけれど、頭痛持ちじゃない人には、頭が痛くて休むとか、頭痛で思考が停止するとか、そんなこと理解してもらえないから、せめて、痛みが駆け巡っているときぐらい、それらをアピールしておきたい。このあたりが腹黒だよなあ。
ほら、こんなに辛そうでしょう? 顔が苦痛に歪んでいるでしょう? って。
その頭痛が激しくなり、立ちくらみや眩暈。そして、自分が発している言葉に不安を覚えはじめたのが冬の終わり頃。
人より大きな頭の中に存在する、人より極端に少ない脳みそだから、努力して勉強しても進歩が目に見えなかったり、覚えが悪いのは仕方がないこと。そう思っていたのだけど、この頃からは、そんなレベルでは片づけられないようなことばかり露呈させてしまう。
妹には、言葉を訂正される毎日。
「今なんて言った? どういうつもりでその言葉を使った?」と。
ある単語のことを、どうやら全然別の言葉を使い続けていたり、いつも以上に説明が支離滅裂だったり。
「確認するけど、大丈夫? なんて言っているか判る?」
と、何度も何度も。妹が脅えるほど、わたしが発する音はおかしかったらしい。
自分でも本当に不安を覚えるのも、この頃だ。
咄嗟に言葉が出てこないのは、誰にでもよくあることで、人より脳みその皴が少なく、あちこちでこけて頭を打っているわたしが、人よりそれらが多いのは仕方のないこと。もの忘れ程度なら仕方ないでしょう?
でも、仕事で頻繁に使う言葉がでなかったり、恥ずかしながら、たし算すら出来なくなった。一応、暗算三級を取得しているはずなのに。怖かった。すごく怖くなった。
そしてその頃、西城秀樹倒れる。
彼の症状を訊く限り、やばいなあと感じ、さらに不安に襲われる。
賢明で数少ないこのサイトの読者の皆さまはご存知だろう。わたしは、どうでもよいとこで多分に神経質で、そして人生後ろ向きだ。前向きになれないのは、破綻している家庭環境に根があるのだけれど、この当たりはどう言っても伝わらない人もいるし、でも、家族なんだから! と、家族愛を信じて疑わないような、正義の人には届かないので割愛。
つまり、不安は、わたしの根に育っていて、今回、それがさらに大きくなって花を咲かしたのだ。何かあっても守ってくれる家族はいない(とほほちゃん除く)し、養ってくれるパートバーもいないうえに、蓄えもない。この当たりは、自分の散財が悪いのだろうけど、この歳で親元にいる人間と比べられても困るわけで。やはり、日々生活して、少し潤いをと、旅行に行くぐらい良いじゃないか。いつ死ぬか判らないんだし!
そう、死ぬ分には問題なく、どんな格好で死のうが自分は感じないんだからいいのだと思うほどで。内蔵が飛び出そうが、全裸で死のうがもうどうでもよいことだ。土に還るだけのこと。
でも、死ななかったら? 話せなくなったり、動かなくなったり、人に迷惑かけるだけの存在になったら? どうすればいいのだろう?
世の中は不公平だけれども、唯一平等に日々は流れていく。平等に与えられた日々は積み重なって、老いとなり、漠然と持ち続けていた不安が、痺れとなって頭をもたげる。
そんなとき、社会に対する大きな不安と、会社の不信と、身体に走る不明慮な痛みがどうしようもなくわたしを犯しはじめる。
こんな頻度で、これだけ激しい頭痛には、何か原因があるはずだ、と。
そのときの症状。頭痛と立ちくらみがひどい。食欲は普通にある。眠りは浅く、音に対して過敏。異常なほど。
連夜の痛みにアルコールを自ら禁ずる。飲まなくても、もちろん痛い。そして、アル中じゃないんだぞっ! って宣言させていただこう。誰に?
そんな中、激しい頭の痛みに救急に運ばれた知人の話を聞く。まだ26才。小さな血栓が見つかったのだ。不幸中の幸いで、今は嘘みたいに元気だし、運ばれた翌日のは自宅に戻ってこられた程度らしいが、あの痛みがまた起こると思うと怖いと彼女は話す。
それを訊いて余計に不安をかき立てられ、脳ドック検索。結構予算がかかるが、自分の身は自分で守らないと。
医療に詳しい友人に相談したりして、脳外科に外来してから色々調べてもらうほうが保険効くし、脳ドックより安くつくよと助言され、病院に電話をする。検査によっては脳ドックと同じほど、それ以上かかることもあるが、通常安くなりますとのこと。やはり、そんなお金は安く済ましたい。
そして外来診察。頚椎の輪切り奨められる。ついでに不安なら脳もするよ、となる。なんか、適当な感じの先生。こちちは、不安なのに。不安を軽減するために診察に来てるのに。
かなり先まで予約が埋まっていて、お盆前と、先日、脳と頚椎とを分けて輪切り。初体験。
で、結果。結果と言っても全部完了したわけじゃないけれど。
脳に異常なし。頚椎の歪みもこの程度なら大丈夫。ぶらぼー! 万歳!
万歳!? あの頭痛は緊張性のもの? これだっ! って原因はないの? 画面の見過ぎ? ストレス過多? 頚椎が細いから?
それじゃあ、困るのだ。
周りから大丈夫!? って心配されつつ、すぐ元気になるぐらいの、きっちりとした理由――つまりあの激痛の原因が欲しかったのに。
「少し血管が細くなってますね、ここが頭痛の原因ですよ」って、告げて欲しかったのに。
「お薬飲めば大丈夫。頭痛はなくなるよ」ってね。
今回の先生は長く色々話してくれた。
これに症状が出ていないから、100パーセント安心とは言えないけれど、そんなに不安に思わないで。それこそ病気になってしまいますよ、と。
一つの、病んだ花は枯れたんだ、これで。大丈夫。他の花はまだ枯れずにいるけれど。
今悩んでも仕方のないことで悩むのはやめようと思うのだけれど、なかなか上手くいかない。そうなったときは、そうなったとき。ケ・セラ・セラ!
そう思わないと、ストレスの中、日々暮らすわたしたちは、自ら病気を招いてしまう。病は気から。いや、ストレス過多から。ストレスで人は死ぬんだものね。
だから、少しでもストレスは減らす傾向と対策を練らねば。
わたしにできる第一歩? ストレス貯めないようにするためにまずできることは!
そうだね、アルコール断酒は断念して解禁。乾杯!