24時は、世間ではまだ宵の口だろうか?
静かに電車を待っているわたしの横には、耳障りな男の声。
おう!
元気か?
えっ?
寝てた?
悪い悪い!
じゃあまたな!
の声が終わるとまたすぐに次の声。
久しぶり!
いや、元気にしてるかなと思ってさ
えっ?
明日仕事か?
悪い悪い?
いや、そっちでどうしてるかと…
うん
はい
じゃあな
男は少し酔ってはいるが、自分の行動を認識できないほどでもなく、言葉ははっきり大きすぎるほどだ。
きみは何がしたい? どうしてそんなに誰かの声を必要とする?
24時前は、深夜ではないのか?
個人が持つ電話であっても、きみはともかく、相手が、その時間の呼び出し音に緊張や不快感を感じるかも知れないと、どうして配慮できないのだろう?
相手からの拒否感が、わたしにでさえ伺えるのに、男はそれをたたもうとしない。
終電前の電車がやって来る。
男もそれに乗り込んだ。
さすがに、電話は諦めたようだ。でも、今度はメールに夢中。
男のその顔には、何か悲壮なものが漂っていて、わたしはとても心が痛くなる。
誰かと繋がっているというその感覚は幻なのに
独りの淋しさは自分にしか解決できないのに
客観視できないそのまぬけさに
どうしてそんなに寂しいのかと、思わず声をかけたくなる。
もう24時過ぎ。
きみのメールは誰に届いたのだろう。
誰から返事が届くだろう。
より一層の孤独を感じるであろう、きみを見届けることなく、わたしは電車を降りた。
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