Home--varios---記憶と言う名の墓標


 最悪の結果に終わった。
 最悪の結果になることは目に見えていた。
 彼の取った軽率な行動は、本人の命と、世間による、彼と彼の親族に対する糾弾のかたちを取った盛大な祭りで、幕を閉じるだろう。
 彼が、そして彼の家族が糾弾されることを見て、気の毒にと思うか、当たり前だと思うか――もちろん、わたしは前者ではない。危険地帯に嬉々として進みゆく人間が、自分の命を晒らそうが、殺されようが、知ったことではない。
 ただ、だからといって、非難されるべきは彼ではなく、テロリストである。
 それが、どれだけ愚かな行動だったとしても、本来、その命と天秤にかけることはできないはずだ。

 現代人、特に日本人には、危険回避能力が少ないと思われる。少ないというより、皆無と言っても言い過ぎではないだろう。
 個人的恨みによる殺人や暴力は理解できても、不特定多数、誰でも良いという犯罪に対しては、理解というか、共感できない。もちろん、怨恨により
即殺人というのも理解できないけれども、それでも、まだ動機などに、少しは自分の気持ちを近づけることができ、そう至った心理に共感できることもある。
 しかし、不特定多数に向けられる悪意については、理解できず、ただ不安になるのだ。
 だが、不安になるくせに、向けられる悪意が、不特定多数ゆえ、自分はそうなるはずがないという、根拠のない自信に満ちている。あなたも、そして、わたしも、である。

 宗教という根のないわたしたち。思想や国のために死ねないわたしたちは、自分たちと違う宗教や思想や国があると学んでいるくせに、それを体感できずにいる。体感できないということは、何も判っていないということだ。何も判っていないくせに、どうして無防備にも、危険地帯を進んでいくのだろう? その先は、火を見るよりも明らかだというのに。

 国内にいても、いつどこで災難が降ってくるか判らない。
 交通事故、台風に地震。平凡な毎日を生きてきた普通の人々は、それらを予知できずに、不幸にも亡くなっていく。
 皆が危険だから進むな、と言う方向に進んだ彼は、それが杞憂でないことは知っていたはずだ。情報はあちこちに存在し、それを手にするのは容易い。
 どういう理由でその道に進んだのかは知らないが、彼はきっとどこかでこう思ったはずだ。たくさんの日本人、外国人の中で、自分が、危険な目に遭うはずがない、と。自分だけはそうなるはずがない、と。
 傲慢でとても間抜けな考えであることは間違いないが、それは誰の心にも生まれる、根拠のない、しかし確固とした普通の感情だろう。

 わたしがはじめて海外旅行の計画を立てたとき、その行き先は南米だった。友人知人に、お前、殺されるぞ! と言われた。何を大げさなと思ったけれど、わたしは行き先を変更した。
 最終的に、南ヨーロッパを旅行してきたのだけれど、それは、素晴らしい友人と、かけがえのない経験をわたしに与えてくれた。それらは、何も持たないわたしの、財産と呼べるものとなった。
 人の意見に従ったのが必ずしも当たりではないだろう。南米に行っても、素晴らしかった、楽しかった! そんな思い出がたくさんできていたかもしれない。しかし、自分が手にできる数少ない情報と友人たちの言葉から、わたしは、目的地を南米としなかった。

 このことが危険回避だったとは思わないけれども、世界が平らだと思われていた時代とは全く違う現代。人は彼に間違った言葉は与えなかったはずである。地球は丸いと教えたはずだ。そこは危険だと伝えたはずだ。
 悪意ある人々からではなく、自分を大切に思ってくれてるであろう人々の意見に、ひとまず耳を傾け、咀嚼し、最悪の状況を、危険の渦中にいるのだと仮定し考えることは、必要ではないだろうか?

 O-157がまん延したとき、人は除菌や煮沸を徹底し、その派生元とされる野菜を排除した。エジプトでテロがあったとき、サーズが流行したときも、旅行社はツアーを取りやめた。それら全てのやり方は万全ではなく、間違いも冒した。が、最善と思われる方法を提示され、われわれはそれに従った。

 国や、メディアには好き放題言わせておけばいい。しかし、自分を思ってくれている家族を、自分のために心を痛めてくれるであろう人たちを、不安の渦中に置くようなことをしてはいけない。
 愛する人のために戦うという思想もあるだろう。しかし、愛する人のために、目に見える危険には、身を置かないよう努力することが、今、必要なことではないだろうか?
 そんなこと当たり前? そう当たり前なのに、それができないのが、わたしたちだ。

 土に還るだけの彼は、もう恐れ苦しむことはない。
 しかし、彼の家族は、彼を愛した人々は、これからずっと悔やんでも悔やみきれない憤りと、悲しみの中を、何十年も生きていくのだ。回避できない、記憶と言う名の墓標を背負って。



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